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【台北】「国民革命忠烈祠」台湾最大

2019年12月11日歴史的建造物, 台北

  今回は台北にある忠烈祠です。忠烈祠は、各都市にありますが、その目的は、国のために身を捧げた建国の先人に敬意を払い、その革命精神を称え、英霊を祀るため、蒋介石元総統が1967年に忠烈祠改築委員会を発足させ、工事は同年の12月に着工し、1969年3月に落成しました。
 各都市の忠烈祠は、日本統治時代の神社の場所に建設されたのが多いですが、台北の「国民革命忠烈祠」も同じく、台湾護国神社に建てられました。
 それでは「国民革命忠烈祠」を見ていきましょう。

施設名:国民革命忠烈祠

住所:台北市中山區北安路139號

営業時間:9:00-17:00

ホームページ:https://afrc.mnd.gov.tw/faith_martyr/index.aspx

台北ナビURL:https://www.taipeinavi.com/miru/43/

地図:

歴史
 この地は、戦前は、「台湾護国神社」でした。靖国神社の祭神で台湾にゆかりのある英霊を祭神としてました。
1942年(昭和17年)5月23日、台湾総督指定を受け、創建。
1966年、社殿は取り壊され、跡地には国民革命忠烈祠が建設される。

MRT劍潭駅から歩くこと約20分。北安路沿いから、まずは、圓山大飯店が見えてきます。その奥には忠烈祠が少し見えています。

圓山大飯店の横を通り過ぎると、忠烈祠の門が見えてきます。かなり迫力があります。

こちらが大門になります。正面には、3つの文字が書かれています。すべて蒋介石が書いたものになります。

ひとつ目は、真ん中の「忠烈祠」 です。

ふたつ目は、右側の「成仁」 です。

3つ目は、左側の「取義」 です。

大門の入り口はアーチ状になっています。真ん中の入り口から中華式の大殿が見えます。

門を抜けると大殿が正面にあります。

日本統治時代の台湾護国神社写真。(Wikipediaより)靖国神社の祭神で台湾にゆかりのある国事殉難者を祭神としていた 現在の忠烈祠と比較すると少しだけ面影があります。背後の山の形は、ほぼ同じですね。

s_Taiwan_Gokoku_Shrine.jpg

こちらが忠烈祠見取り図になります。

右側の鼓楼の一階には同じく辛亥革命時に犠牲となった史堅如烈士の銅像があり、二階には太鼓が置かれている。

名前は、文緯。広東省出身で少年の時から革命を志し、後興中会に参加しました。1900年広東と広西の総督である徳寿の謀殺を企てたが失敗し逮捕され、死に至りました。孫文は、彼を「協和革命のために殉難した第二の勇将」とほめたたえた。

左側の一階にも陸皓東烈士の銅像が立てられていて、二階には鐘が吊るされています。

それでは、山門に向かいましょう。門前の前には左右両側には両隣に獅子像がいます。 それぞれ8トンの大理石製で作られた獅子です。足でボールと戯れているのが雄で、幼い獅子を足で押さえているのが雌です。    

こちらが雄の獅子像になります。

山門。鉄筋コンクリートの建物で琉球瓦の屋根、中国様式の色彩り天井。細部を見ると非常に特徴的です。 入り口は、かなり深みのある色が使われています。

山門には、かなり細かな装飾が施されています。金色に描かれた龍が非常にインパクトがあります。

こちらは屋根の部分です。

入り口のところには、胡蝶蘭が飾られていました。

山門の両隣には金色の彫刻があります。こちらは広州の革命です。 1911年3月29日、孫文は広州において第11回の革命を企て、黄興塔からの革命同市を率いて総督府を攻撃したがその行動がばれて失敗に終わった。しかし、この革命運動が全国に広まり、武昌革命とつながり清が滅び、中華民国が創立された。真ん中に青天白日旗が描かれています。

こちらは上海における抗日戦線の彫刻です。

大殿からみた山門です。

山門の正面には、大殿があります。高さは26メートルで、北方の宮殿様式を模しています。

中心にある扁額は、「中華民国57年10月國民革命忠烈祠 蒋中正教題」と書かれています。

こちらが大殿の真ん中に安置されている位牌になります。

このタイミングで衛兵交代式が始まりました。毎日朝9時から午後の5時まで一時間ごとに行われます。

衛兵交代式は動画でも紹介したいと思います。整然とした行進が非常に印象的です。

交代式が終わったところで、大殿の内部を見てみましょう。

中心には、「國民革命烈士之霊位」と記された位牌があります。

孫文の肖像画もありました。

次に大殿の両脇には、回廊があります。

両隣には、中華式の建物がそれぞれあります。 大殿の右側にあるのが武烈士祠です。 「東征」、「北伐」、「剿逆」、「抗日」及び「勘乱」の時期別に烈士諸氏の英霊を祀っています。

大殿の左側にあるのが文烈士祠です。「開国」、「討袁」、「護法」、「抗日」、「勘乱」の各時代の順によって、諸烈士が祀られています。

中には、合祀された位牌があります。

そしてそれぞれの時代の絵画が展示されています。
汀泗橋の役

恵州の攻略

孫文がホノルルで興中会を創設

孫文が広州の永豊艦で避難

辛亥広州の役

辛亥革命により中華民国が中国大陸で成立しました。

盧溝橋事件。この事件によって、8年間の日中戦争が始まった。

南京での日本の降伏を受け入れる。

これで展示物は最後になります。 山門から見た大門ですが、こちら側にも入り口同様文字があります。

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真ん中に「萬古流芳」。意味は、よろずよまで 名声を伝える。ということです。

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「忠義」。意味は、主君や国家に対し真心を尽くして 仕えることという意味です。

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千秋」。意味は、非常に長い年月という意味です。

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台北の忠烈祠は見るものが多く、歴史も学べる施設でした。ぜひ台北に旅行に行った際には訪れてほしいですね。

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